文禄・慶長の役総合
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061 2011/04/15(金) 16:11:39 ID:DHCSJFjwLY
てか明征伐ってどう考えても国家的戦略のなかでやったってより
殿様から百姓にいたるまで、100年の騒乱の世に慣れてしまって力持て余した日本が
なんの計画もなしにとりあえず太閤から明に攻めるよう命令でてるけど、俺達としては別にいやじゃないし、とりあえずやっとかきゃみたいな感じで、戦いにしたっていつものノリで攻め込んで暴れ回ったって感じのほうが強い。
-以下実録資料-
「懲秘録」
賊(日本軍)は歩兵で、打ち振る刀は、三、四尺におよび、鋭利無比のものであった。
賊はその鋭い刀を左右にはげしく打ちふるい、人馬の区別なく斬り伏せた。
全くその勢いには抗すべき道がなかった。
日本人はよく刀槍を用いる。
我々には堅甲がないゆえ日本人に敵わない。
そこで厚鉄を用い全身鎧を作り
この鎧を着た兵士を敵陣深く切り込ませようと考えた。
取り敢えず、全身鎧の見本を製造して、
これを試用したが、とてもその重さに堪えられる兵士がおらず、これを廃した。
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