縄文時代の竪穴式住居
▼ページ最下部
001 2017/05/14(日) 10:23:48 ID:yypWTqDH/I
いつの時代も「衣食住」は必要なんです!
返信する
067 2024/01/11(木) 11:04:42 ID:OJTG0JxiIg
068 2024/03/31(日) 12:35:16 ID:O.KkzqDwNs
069 2024/04/02(火) 00:43:26 ID:/pqmqrM4kQ

当時としては、とんでもないデカさらしいね、「蛇行剣」って。
ところで当時の倭にも極左は居たのかな?
返信する
070 2024/04/03(水) 01:53:08 ID:Jzue9xx5do

関口宏 身長170cm
膳場貴子 身長は162cm
左側のジジイ、年取って背が縮んだのか?
返信する
071 2024/04/03(水) 01:59:00 ID:Jzue9xx5do
072 2024/04/03(水) 02:14:41 ID:Jzue9xx5do

膳場貴子 身長162cm
堀尾正明 身長170cm
上田晋也 身長172cm
関口宏の実寸はどれぐらいなんだ?捏造だらけなのか、TBSは?
返信する
073 2024/08/14(水) 11:17:19 ID:4i4rjrM9nQ
074 2024/08/16(金) 23:41:22 ID:h1KfOpr68.
土の上に藁敷いて寝るの寒そう
布団も無いとかきついよな
返信する
075 2024/12/01(日) 12:45:30 ID:/7YX3EQLTk
076 2025/02/08(土) 10:00:15 ID:bfKsZVnPaY
077 2025/04/27(日) 13:25:47 ID:jK9d.IkHoM
078 2025/07/23(水) 16:04:49 ID:WbAG9sd37Y
079 2025/08/25(月) 14:10:58 ID:C4pvEi0SrU
080 2025/09/09(火) 13:50:06 ID:SpLjkSKsJ6

昨夏と今夏、エアコンの使用ばかりを叫んでいたメディアに対し、小宅では
グリーンカーテンや水撒きによる冷却を対置し、ささやかな抵抗を貫徹した。
返信する
081 2025/11/24(月) 13:00:09 ID:KNbv0QJjD6
083 2025/12/21(日) 18:08:20 ID:BZXqWHe4xU
地震や火山、台風や洪水なんかの災害が頻発するけど山や海の幸に恵まれた定住しない狩猟採集民 春は山菜、秋はクリやクルミ、冬は狩猟、そして通年の魚介類
自然そのものが巨大な冷蔵庫のようなもので、奪い合うよりも「必要な時に必要な分だけ採る」方が合理的
豊かな自然資源をみんなで分かち合う「分配型」の社会で過剰に蓄積して独占する動機が薄かった
文字の発生は、歴史的に見れば「信頼を担保するための契約」や「統治のための記録」というニーズから計数棒 結縄が生まれています。
つまり縄文社会は口承文化だけで文字という冷徹な記録媒体がなくても、「顔の見える関係性」による信頼で社会が十分に機能していた。
(もし集落内で人間関係が悪くなっても、縄文人には「別の場所へ移動する」という選択肢がありますが、農耕民は一度耕した土地を離れると飢え死にするため、嫌な相手とも戦って勝つか、屈従するしかありません。)
信頼を記録する必要がないほど、コミュニティの信頼が厚く贅沢で幸福なガラパゴス状態 「豊かな定常社会」が、現代の日本に見られる「高い信頼性」や「暗黙の了解」を重視する文化(ハイコンテクスト文化)の土壌になり、火焔型土器のような「過剰なまでの造形」に情熱を傾け「実用を超えたこだわり」こそが、後の「細部への異常なこだわり(ヲタク文化)」や「世界を驚かせた美意識(ジャポニズム)」に結実した
返信する
084 2025/12/21(日) 18:21:27 ID:BZXqWHe4xU
大陸の文明は「自然を管理し、支配する」ことで発展しましたが、日本列島は火山、地震、台風、津波が頻発する、人間の制御を超えた土地で
どれほど立派な伽藍(寺院)を建てても、どれほど厳格な社会階層を築いても、巨大災害の前では一瞬で無に帰します。
この「諸行無常」の実感こそが、人間中心主義的な大陸思想を突き崩し、「草木国土悉皆成仏」(結局、人間も草木と同じ自然の一部でしかない)という縄文的な平等観へと人々を連れ戻し、仏教圏において日本だけ「死ねば全員仏になれる」様になりました。
明治政府が進めた文明開化の象徴「西洋風の堅牢な都市」は関東大震災であっけなく粉砕しました。
民藝運動の勃興: 震災後、柳宗悦らが「名もなき職人の作る日常雑器」に美を見出し文明開化による華美な輸入品ではなく、日本古来の「土着の美」に価値を再発見しようとする動きは、まさにリセットによる原点回帰でした。
返信する
085 2025/12/22(月) 22:25:36 ID:VXfkdjjq6s

キタ━━━(゚∀゚)━━━!!
返信する
086 2025/12/24(水) 11:39:33 ID:GSSpNC7oA6
古墳時代は 律令国家(中央集権国家)へと至る「前段階」の国家形成期
大陸文明の影響を「法と制度」で受け入れる前の日本が、独自の「権威と血縁」で広域連合を築いていた時代
統治の基盤は、血縁や地縁に基づく「氏姓制度」で古墳(巨大なモニュメント)」という視覚的な力で秩序を示していた(無文字時代)
飛鳥・奈良時代に導入された律令制は、唐の強力な中央集権システムを模範としたもので、天皇を頂点とする官制や税制が法的(=∴識字時代)に定められると、もはや巨大な墓を造って個人の力を誇示する必要がなくなりました。しかし、広大な土地を力で管理するこのシステムは、日本の複雑な地形や「土地は神や血縁と結びついている」という土着の感覚とは完全には一致しませんでした。班田収授制(公地公民)が崩壊し、貴族や寺社が私有地を持つ「荘園」が広がったことで、大陸的な一元管理は事実上、日本独自の分権的な仕組みへと姿を変えていきました。
返信する
087 2025/12/24(水) 11:44:14 ID:GSSpNC7oA6
平安末期から始まった武家政権は、大陸にはない日本独自の発展を遂げました。
武士は、もともと開墾した土地を「自ら守る」という自然密着型の生活から生まれた階層です。
封建制の確立: 王(天皇)がすべてを支配する大陸的な専制君主制ではなく、「土地の安堵」という実利と「御恩と奉公」という主従関係を基盤とした封建制が確立されました。これは、地理的に隔絶された各地域(クニ)が自立しつつ緩やかに繋がる、島国の実情に極めて合致した形態でした。
明治維新は、武家政権という独自のシステムを一度リセットし、再び「外の文明(西洋)」を取り込んだ大転換でした。
完全に西洋化したのではなく、天皇を中心とした「古い権威」を再発見することで、国民をまとめ上げた点がユニークで、大陸文明の「強い仕組み」を、日本という島国が培ってきた「自然や共同体を重んじる精神」という土壌に接木(つぎき)することで、驚異的な近代化を成し遂げました。
日本は大陸文明を「拒絶」したのではなく、その強力な統治ツールを「日本という島国の縮尺と風土」に合わせて削ぎ落とし、あるいは付け加えながら、独自に消化してきました。
武家政権の誕生は、外来の「支配の論理」よりも、現場の「共生・所有の実感」が勝った結果であり、それが後の明治維新における柔軟な近代化を支える「日本人のアイデンティティ」の基礎となったと言えます。
返信する
088 2025/12/24(水) 13:07:43 ID:GSSpNC7oA6
大陸の文明
かつて狩猟採集民であった人々は、「肥沃な三日月地帯」において農耕と遊牧という二つの生き方に分かれました。
農耕民:河川流域の肥沃な土地に定住し、圧倒的な生産余剰を蓄積しました。これにより肉体労働から解放された「有閑層」が誕生し、彼らが情報の管理や宇宙の探求を行う中で、文字・法・科学・哲学といった抽象的な「知」を結実させました。その精神性は、多様な自然の恵みを映す「多神教」に根ざしていました。
遊牧民:乾燥地帯へと適応した人々は、限られた資源を奪い合う過酷な環境下で、家畜と共に「移動」し続ける機動力と武力、そして唯一の絶対者を仰ぐ「峻烈な一神教」を研ぎ澄ませました。
富を蓄積する農耕都市は、常に遊牧民にとっての「富の宝庫」であり、略奪の標的となりました。
破壊のサイクル:遊牧民は周期的に農耕地帯を襲撃・征服し、既存の王朝を破壊しました。
防衛による硬直:この「外部からの暴力」の脅威にさらされ続けた農耕文明は、生存のために社会を軍事化・官僚化し、知的な自由よりも教条的な結束(ドグマ)を優先する「硬直した専制国家」へと変質していきました。
返信する
089 2025/12/24(水) 13:11:04 ID:GSSpNC7oA6

有閑層が産んだ「知」は、大陸中央部(第二種地域)で破壊と硬直に直面した際、その破片を周辺部へと飛散させました。
西欧への移転:十字軍や地中海交易、あるいはモンゴルの破壊を逃れた知恵は、大陸の端にある「第一種地域(西欧)」へと流れ込みました。
ルネサンスの導火線:硬直していた西欧社会は、この「アラブの知力(保存された古代ギリシャの知と高度な科学)」を吸収することで覚醒しました。知の担い手は権力の従属者(クリエンテス)から、自立した専門家(クライアント)へと逆転し、近代科学文明を爆発させたのです。
この大陸文明の激動に対し、島国という安全圏にあった縄文文明は、外部からの「破壊と硬直」の圧力を受けることがありませんでした。そのため、大陸が「知の断絶と再編」を繰り返す一方で、縄文は自然との調和を保ちながら、1万年以上にわたって持続可能な独自の「共生の知」を深め続けることができたのです。
返信する
090 2025/12/30(火) 15:16:41 ID:mwikV3AjeE
旧大陸世界で多神教からアブラハムの3宗教に改宗した理由は
階層社会を否定した神の前では皆平等だったから
そういう意味の排他教であってアブラハム宗教同士が対立するのは想定外だった頃の話
返信する
091 2026/01/09(金) 20:58:00 ID:Mnl3jyvy.Y
>>90 皆平等のはずがこれだけ分派したというのは
分断と階層化は人間のサガ(性)なのだろう
返信する
092 2026/01/14(水) 23:19:52 ID:kDSQ3Owcgg

西洋的な思考の根幹にある「ロゴス」
ビザンツ帝国滅亡というトラウマがオリエンタリズムのロゴス未満レッテルを強化して二元論の源のゾロアスターすら遠ざけていた
太平洋戦争は西洋における「ロゴス」絶対主義への深い反省とそれを見直す大きな機会となった
返信する
093 2026/01/14(水) 23:36:37 ID:kDSQ3Owcgg
>>92 ニーチェがツァラトゥストラ(ゾロアスター)を引用した意図はリアルタイムでは全く理解されず
ナチスのアーリア人至上主義を正当化する道具として致命的な誤解を招いた
サルトルやフーコー、デレズといった戦後の思想家たちは、ニーチェの思想をナチスのイメージから解放し、「既成の道徳やロゴスを破壊し、新たな生を創造する」という本来の意図を再発見しました。
返信する
094 2026/01/17(土) 11:37:32 ID:MSg9FRacTs

現代にも知恵が生かされている?
返信する
095 2026/01/20(火) 22:21:53 ID:eWkN2Ifd9g
統治のスタイルの返還を士農工商の「士」の内部分裂と捉えて単純化
中世迄: 「最も武力が強い士」がルールである(絶対王政)
転換期: 「士たちの合意(法律≒「武」と「文」が契約)」がルールである(1215マグナ・カルタ~名誉革命後の権利の章典~英の立憲君主制)
近代: 「士という身分を廃止し、誰でも士(公僕)になれる仕組み」がルール。「文」が「武」を定義する時代(1789フランス革命〜共和政)
現代:「市民代表が作った法」が「武」を完全に管理する時代=シビリアンコントロール)
1689権利の章典により平時に国王が議会の同意なく軍を維持することが禁止され「議会による軍のチェック」の先駆
「武(軍隊)」は専門職として隔離され、その運用ルールはすべて「文(議会・政府)」が決定。
返信する
096 2026/01/20(火) 22:33:43 ID:eWkN2Ifd9g
中国史は「武による統一」と、その後の「文による固定化」の繰り返し
中国には日本のような「武士(武装した世襲支配層)」が定着せず、科挙により武の徹底的な飼いならす文尊武卑は塞外の武力侵攻に脆弱性を招いた
インド:「文」と「武」を完全分離し、それをカーストで固定化
文(ブラフマン): 知識、儀礼、法(ダルマ)を独占。文字と聖典を操る層。
武(クシャトリヤ): 武力と行政を担う王族・戦士層。
特徴: 「武」は力を持っていても、精神的な正当性(文)を得るためには「文(ブラフマン)」に従わなければならないという、二重構造の支配が数千年も続きました。
返信する
097 2026/01/20(火) 22:34:52 ID:eWkN2Ifd9g
イスラム圏:宗教法による「武」の制御
中東、特にイスラム教成立後の世界では、「文」は「宗教法(シャリーア)」として絶対的な力を持ちました。
文(ウラマー): イスラム法学者がルールの解釈権(文)を握ります。
武(カリフ、スルタン、マムルーク): 支配者は「武」を持って統治しますが、常にイスラム法(文)に従っているかどうかが厳しく問われました。
日本は長期間にわたって武士という単一の階級が「文武両道」即ち文と武の両方を内包しようとしたが
江戸時代初期は武断政治、中期以降は文治政治(儒学や法による統治(文)が重視され平和が続いたことで武士の「武」は形骸化)
幕末は文で現状維持を図る幕府と、「武」尊王攘夷派)の間で激しい内部分裂が起こり、最終的に武士階級は崩壊しました。
明治憲法下では「統帥権の独立」により軍が内閣(文民)のコントロールを離れて暴走し敗戦を招き、戦後の日本国憲法下で「文民統制」が敷かれています
返信する
098 2026/01/20(火) 22:51:35 ID:eWkN2Ifd9g
>>95⁻097
リテラシーの「質」の転換
西欧も中国もインドもイスラムも文で統制してきたが、そのリテラシーが決定的に異なりました。
踏襲型: 「古い正解」を正しく読み解き、守り抜くための識字力。
改良型(民主主義): 「新しい正解」を議論し、現状に合わせて法を書き換えるための識字力。
「文字を読めるようになった人間が、その文字を使って『昨日のルール』を疑い始めたかどうか」。これが、フランスのような激しい「帝政と共和制の繰り返し(=ルールの書き換え作業)」を経験してでも、民主主義へと向かった国々と、そうでない国々の分水嶺になったと言えるでしょう。
返信する
099 2026/01/27(火) 13:17:33 ID:ArSg7X6EdU
[YouTubeで再生]

瓦版(かわらばん)は現代の新聞や号外に相当する、庶民向けのニュース媒体として広く普及していました。木版印刷の1枚刷りが主流で、火事・地震、心中事件、流行のニュースなどをいち早く伝える情報源であり、街頭で読み上げながら売られる「読売(よみうり)」とも呼ばれました。
役割と内容: 災害や事件など人々の生活に直結する話題を扱う「江戸のメディア」であり、幕末には黒船来航などの政治的なニュースも伝えました。
特徴: 1枚または数枚の木版印刷で、緊急性が高い情報が扱われました。
価格: 江戸時代を通して4文程度(現代の約100円程度)で、庶民でも手軽に購入できたとされています。
幕府の規制: 瓦版は幕府によってしばしば制限されていましたが、庶民の需要が強かったため、隠れて販売され続けました。
1615年の大坂夏の陣の絵双紙(えぞうし)が最も古いとされるが、本格的に流行したのは17世紀後半の「八百屋お七の火事」のころ(1682年ごろ)と言われています。
「無許可の出版物」であることが多く、匿名性が高かったため、幕府の禁令に触れるようなスキャンダルも報じられました。
返信する
▲ページ最上部
ログサイズ:59 KB
有効レス数:98
削除レス数:1
不適切な書き込みやモラルに反する投稿を見つけた時は、書き込み右の マークをクリックしてサイト運営者までご連絡をお願いします。確認しだい削除いたします。
歴史掲示板に戻る 全部
前100
次100 最新50
スレッドタイトル:縄文時代の竪穴式住居
レス投稿