縄文時代の竪穴式住居


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001 2017/05/14(日) 10:23:48 ID:yypWTqDH/I
いつの時代も「衣食住」は必要なんです!

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095 2026/01/20(火) 22:21:53 ID:eWkN2Ifd9g
統治のスタイルの返還を士農工商の「士」の内部分裂と捉えて単純化
中世迄: 「最も武力が強い士」がルールである(絶対王政)
転換期: 「士たちの合意(法律≒「武」と「文」が契約)」がルールである(1215マグナ・カルタ~名誉革命後の権利の章典~英の立憲君主制)
近代: 「士という身分を廃止し、誰でも士(公僕)になれる仕組み」がルール。「文」が「武」を定義する時代(1789フランス革命〜共和政)
現代:「市民代表が作った法」が「武」を完全に管理する時代=シビリアンコントロール)
1689権利の章典により平時に国王が議会の同意なく軍を維持することが禁止され「議会による軍のチェック」の先駆
「武(軍隊)」は専門職として隔離され、その運用ルールはすべて「文(議会・政府)」が決定。

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096 2026/01/20(火) 22:33:43 ID:eWkN2Ifd9g
中国史は「武による統一」と、その後の「文による固定化」の繰り返し
中国には日本のような「武士(武装した世襲支配層)」が定着せず、科挙により武の徹底的な飼いならす文尊武卑は塞外の武力侵攻に脆弱性を招いた

インド:「文」と「武」を完全分離し、それをカーストで固定化
文(ブラフマン): 知識、儀礼、法(ダルマ)を独占。文字と聖典を操る層。
武(クシャトリヤ): 武力と行政を担う王族・戦士層。
特徴: 「武」は力を持っていても、精神的な正当性(文)を得るためには「文(ブラフマン)」に従わなければならないという、二重構造の支配が数千年も続きました。

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097 2026/01/20(火) 22:34:52 ID:eWkN2Ifd9g
イスラム圏:宗教法による「武」の制御
中東、特にイスラム教成立後の世界では、「文」は「宗教法(シャリーア)」として絶対的な力を持ちました。
文(ウラマー): イスラム法学者がルールの解釈権(文)を握ります。
武(カリフ、スルタン、マムルーク): 支配者は「武」を持って統治しますが、常にイスラム法(文)に従っているかどうかが厳しく問われました。

日本は長期間にわたって武士という単一の階級が「文武両道」即ち文と武の両方を内包しようとしたが
江戸時代初期は武断政治、中期以降は文治政治(儒学や法による統治(文)が重視され平和が続いたことで武士の「武」は形骸化)
幕末は文で現状維持を図る幕府と、「武」尊王攘夷派)の間で激しい内部分裂が起こり、最終的に武士階級は崩壊しました。
明治憲法下では「統帥権の独立」により軍が内閣(文民)のコントロールを離れて暴走し敗戦を招き、戦後の日本国憲法下で「文民統制」が敷かれています

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098 2026/01/20(火) 22:51:35 ID:eWkN2Ifd9g
>>95⁻097
リテラシーの「質」の転換
西欧も中国もインドもイスラムも文で統制してきたが、そのリテラシーが決定的に異なりました。
踏襲型: 「古い正解」を正しく読み解き、守り抜くための識字力。
改良型(民主主義): 「新しい正解」を議論し、現状に合わせて法を書き換えるための識字力。
「文字を読めるようになった人間が、その文字を使って『昨日のルール』を疑い始めたかどうか」。これが、フランスのような激しい「帝政と共和制の繰り返し(=ルールの書き換え作業)」を経験してでも、民主主義へと向かった国々と、そうでない国々の分水嶺になったと言えるでしょう。

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099 2026/01/27(火) 13:17:33 ID:ArSg7X6EdU
[YouTubeで再生]
瓦版(かわらばん)は現代の新聞や号外に相当する、庶民向けのニュース媒体として広く普及していました。木版印刷の1枚刷りが主流で、火事・地震、心中事件、流行のニュースなどをいち早く伝える情報源であり、街頭で読み上げながら売られる「読売(よみうり)」とも呼ばれました。
役割と内容: 災害や事件など人々の生活に直結する話題を扱う「江戸のメディア」であり、幕末には黒船来航などの政治的なニュースも伝えました。
特徴: 1枚または数枚の木版印刷で、緊急性が高い情報が扱われました。
価格: 江戸時代を通して4文程度(現代の約100円程度)で、庶民でも手軽に購入できたとされています。
幕府の規制: 瓦版は幕府によってしばしば制限されていましたが、庶民の需要が強かったため、隠れて販売され続けました。
1615年の大坂夏の陣の絵双紙(えぞうし)が最も古いとされるが、本格的に流行したのは17世紀後半の「八百屋お七の火事」のころ(1682年ごろ)と言われています。
「無許可の出版物」であることが多く、匿名性が高かったため、幕府の禁令に触れるようなスキャンダルも報じられました。

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