浄土真宗の歴史
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001 2019/05/11(土) 16:47:56 ID:fhL3mT8FF6
親鸞の死後、親鸞の曾孫にあたる覚如(1270年-1351年)は、三代伝持等を根拠として親鸞の祖廟継承の正当性を主張し、本願寺(別名「大谷本願寺」)を建てて本願寺三世と称した。
こうした動きに対し、親鸞の関東における門弟の系譜を継ぐ佛光寺七世の了源(1295年-1336年)など他の法脈は、佛光寺や専修寺などを根拠地として、次第に本願寺に対抗的な立場を取ることになった。
この頃の浄土真宗は、佛光寺や専修寺において活発な布教活動が行われ多くの信者を得たが、本願寺は八世蓮如の登場までは、天台宗の末寺として存続していたに過ぎなかった。
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002 2019/05/11(土) 18:26:26 ID:ZqCQWlcM0M
親鸞は、源頼朝の甥って本当か? 頼朝の腹違いの妹が親鸞の母と本にあるけれど…
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003 2019/05/18(土) 10:30:07 ID:VoLUnOrZ3w
蓮如については、師の教えを捻じ曲げ、利益団体としてオーガナイズした という印象がどうしても拭えない
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004 2019/05/20(月) 14:31:52 ID:cPmCp77nr6
蓮如の性欲は信者の間でもタブー
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005 2019/05/20(月) 15:13:39 ID:6FDSDK9c5k
キリスト教のカトリック教会による権威の独裁と腐敗を批判し
後の宗教改革の先駆けとなったジョン・ウィクリフが改革運動を始めたのが1376年頃
カトリック教会の形式的権威を否定して
聖書だけが唯一の拠り所だとして初めて旧約聖書を英訳して普及させたことで有名
(これに呼応して次第にプロテスタント派が形成されていく)
日本の仏教でも同様に、浄土宗を中心に寺社や僧侶が権威を独占し
民衆を支配し蓄財を膨らませる腐敗が起きていたものを徹底的に批判して
僧侶でなくても民衆の誰でも自分でお経を唱えれば成仏できると説いたのが親鸞で
その主張が宗旨として確立されたのが1247年頃というから
なんとキリスト教より129年も早く教義の民主化が始まってる
ただしその民主化が実際に効力をもち始めたのは蓮如以降の教団武装化以降で
時期としては1470年頃からとされている
それでもルターの宗教改革(1517年〜)よりも早い点は画期的と言える
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006 2019/05/27(月) 21:14:39 ID:VAj6z33QR.
007 2019/07/30(火) 16:56:23 ID:PGc6YjLPjM
008 2019/10/16(水) 11:22:34 ID:XRlV0kr/j2
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