満州事変て日本が悪いじゃんw
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001 2025/10/09(木) 20:53:21 ID:Oh9dfcd5j6
第二次世界大戦に参加したのは、
白人から支配されるって言う大義名分があったけど、
その前の満州事変を調べてみたら、日本が自作自演の事件を起こした
満州事変(1931年)
満州とは現在の中国東北地方(遼寧省・吉林省・黒竜江省)を指し、広大な土地と豊富な資源(石炭・鉄鉱石・大豆など)を抱えていました。近代以降、日本にとって満州は「生命線」と呼ばれ、経済・軍事の両面で大きな意味を持っていました。
1931年9月18日、南満州鉄道の線路が爆破される「柳条湖事件」が発生します。これは関東軍(日本の駐留軍)が自作自演した工作でした。日本軍はこれを口実にただちに満州全域へ侵攻し、中国軍を排除。翌年には「満州国」を建国させました。
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002 2025/10/09(木) 21:03:41 ID:NLo/4.JUxk
だからなんやねん。
1931年(いちばんクサい)満州事変(マン臭事変)
なんて誰もが知っていることや。
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003 2025/10/09(木) 21:04:41 ID:uEWxipvO7Y
004 2025/10/09(木) 21:07:47 ID:QV3ai5QAhc
005 2025/10/09(木) 21:23:44 ID:eZ33OYXJFU
006 2025/10/09(木) 22:07:04 ID:kkARR2o24c
こんな可愛い子の画像で釣っておいて
内容が満州事変とかあざといよなw
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007 2025/10/09(木) 22:27:48 ID:uEWxipvO7Y
008 2025/10/09(木) 22:40:01 ID:Zz0SknnMSc
鎖国の江戸時代に帝政ロシアが東進してきたからだよ
ネルチンスク条約→文化露寇→アルグン条約で明治維新
日清戦争はコリアの壬午軍乱が発端で、日露戦争は満洲還付条約がきっかけ。侵略始めたのは帝政ロシアで日本は不甲斐ない東亜大陸に緩衝地帯を得たかっただけ。
支那視点ではアヘン戦争後の北京条約
太平天国の乱~義和団の乱
辛亥革命(双十革命)
袁世凱の死を契機に北京政府の統制が失われ、各地の軍閥が集合離散を繰り返す軍閥割拠の時代となった
孫文の意思を継いだ蒋介石が北伐開始~中原大戦
そんなセカイに北朝鮮現国境の外に間島問題があって万宝山事件~中村大尉事件が起こる
とどのつまり、露助の東進とテヨンに巻き込まれてああなった。自作自演はあの辺の風習に倣っただけだよw
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009 2025/10/21(火) 07:08:00 ID:qAdyfjdXv2
公式の歴史 ってのは 紛争戦争を権力強化に利用したい支配者層が 紛争戦争の火種を残すために でっち上げた 作り話。
けど、今や 紛争戦争のをしても、
せっかく育ってた巨大な利権構造が壊れて、
かわりに、
戦争産業が チョット儲かる。
って だけ。
せっかく育てた巨大利権を 失うことになる。
それでも 惰性で 支配者層は 庶民を 歴史を本気にして怒ったりするバカに 洗脳中。
歴史を本気にして 怒ったり する バカな庶民たち。
歴史の教科書は
思考が脳細胞が爬虫類みたいにコウチャクして自力思考進化できなくなってしまった血族支配者たち による
庶民洗脳のための 道具の一つですわ。
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010 2025/11/20(木) 11:31:09 ID:QNurS/4CsQ

満州は清の故地で聖域化されて何もなかった
1858そこへロシアは武力で侵略しアイグン条約で外満州を割譲♪アムール川の流血や
ヤバいと思った清はそれまで禁じていた満州への移民を漢族に許した※
1900義和団の乱のどさくさに紛れてロシアが満州占領したがさすがにそれは8か国連合内で顰蹙を買う
1904日露の交渉が朝鮮半島にまで南下して決裂し日露戦争が勃発する
1911辛亥革命 清滅亡 臨時政府を経て北洋軍閥の袁世凱が中華帝国大統領になる
1916袁世凱死去 軍閥時代~国共内戦に 満州は張作霖の勢力下へ
1926蔣介石 北伐開始
1928張作霖爆殺事件
1932満州建国
1936西安事件 蒋介石は倅をスターリンに人質に取られ国共合作に
1937日中戦争へ
※袁世凱も張作霖も漢民族で満州族ではありません。ちなみに日清戦争で袁世凱は日本に靡いた
蒋介石も張学良(張作霖の倅)も西安事件については語らず。事件前は北伐を優先する満州建国容認派でした
要するに満州は対ロシアの緩衝地帯
大国は緩衝地帯を拡大させ、自国の安全を確保しようとするのは自然な事
緩衝地帯を侵略と呼ぶのは敵の策略にまんまと嵌ってる自虐史観そのもの
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011 2025/12/03(水) 23:58:39 ID:V.LNJmi0E.
012 2025/12/04(木) 00:02:23 ID:hjHUlXdd02
013 2025/12/12(金) 03:24:12 ID:JjeGmsqLGA

満州族のアイデンティティと「漢化」の真実
1. 歴史学的見解の転換(「新清史」の台頭) かつて西洋の歴史家は、満州族が早期に中国文化と同化し、独自のアイデンティティを失った(漢化)と考えていました。しかし、1980年代以降、満州語の一次資料を解読・活用した「新清史」学派の研究により、この定説は覆されました。
2. 清朝時代における独自性の維持 新清史の研究(エリオット、ラウスキら)によれば、満州族は清朝を通じて漢民族とは明確に区別された存在でした。
帝国の性格: 清朝は中国本土を帝国の一部(内陸アジア帝国の一領域)として捉えており、満州語やシャーマニズムなどの伝統を重視しました。
八旗制度による隔離: 居住区の分離、通婚禁止、独自の法体系や福祉制度などを通じ、制度的に漢民族との同化を防いでいました。武術や言語能力が低下しても、民族的境界線は維持されました。
3. 1911年以降の急速な同化 満州族が実際に「漢化」したのは、清朝崩壊後です。
暴力と隠蔽: 辛亥革命やそれ以前の太平天国の乱などによる反満州暴力(虐殺)を避けるため、満州族は名前を変え、身分を隠し、漢民族社会に溶け込むことを余儀なくされました。
現代の状況: 現在、優遇政策により満州族を自称する人々は増えましたが、文化的には漢民族と区別がつかず、満州語の流暢な話者はごくわずかしか残っていません。
結論: 満州族は清朝支配下の平和的な融合によって消えたのではなく、王朝崩壊後の暴力と生存戦略の結果として、20世紀に入ってから急速に同化したのです。
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