卑弥呼」は偉大な女王だった!


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001 2026/10/20(火) 20:44:20 ID:u7D3HNWFT6
卑弥呼」は偉大な女王だった!「三国志」の動乱を読み大国・魏から“破格の待遇”を勝ち取った知略

歴史はいうまでもなく、人がつくるものです。
しかし、日本の古代史、特に弥生時代を振り返ると、「帥升(すいしょう)」と「卑弥呼(ひみこ)」くらいしか見当たりません。
帥升は『後漢書』に登場する倭国王で、西暦107年に後漢に朝貢したと記されます。
そして最も有名なのが、邪馬台国の女王・卑弥呼です。

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031 2026/10/24(土) 16:56:15 ID:HG0b7J1t92
>>29
ところがどうだ。宇佐神宮は、息長信仰から始まったが遂に三輪信仰は根付くどころか跡形もなく消えて、香春からは秦氏の幡神信仰まで持ち込まれ、息長信仰は、比売大神本体に神功皇后(=卑弥呼)まで合祀され、幡(秦)神信仰は、八幡神に応神天皇が重ね合わされて国家宗教化して東大寺大仏建立への多大なる貢献を期に八幡神が菩薩称号を受けて神仏習合の起点になったばかりか全国30,000社の八幡神社総本山となった。
氏神神社を失った秦氏は一族東遷地である京都山背の伏見に伏見稲荷を建て、これが神仏習合で真言宗空海の東寺と合わさり守護神化して、弘法大師信仰と白い狐の荼枳尼天と共に全国展開された結果、図らずも秦氏起源神社の稲荷神社は、八幡神社を上回る全国トップの40,000社となるのだ。

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033 2026/10/24(土) 20:19:37 ID:HG0b7J1t92
現代における(伝わる)卑弥呼の痕跡
今上天皇陛下
八幡神社
香春神社
伊勢神宮
(斎院)
賀茂神社
(斎院)
竹取物語

現代に伝わる物部の痕跡
大神神社
二見輿玉神社
石上神宮
出雲大社
日前神宮、國懸神宮
熱田神宮
物部神社
諏訪大社
梵鐘
縄文式土器

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034 2026/10/24(土) 21:53:06 ID:HG0b7J1t92
>>4
邪馬国田川説なんだが、古代邪馬国は広域で、田川香春から中津、耶馬渓、宇佐までを含む豊前の大半を邪馬国と称していたと推理する。明治期に山国川を挟んで上毛は福岡県、下毛が大分県に行政区分されてしまうが3世紀以前の段階では丸っと旁國の邪馬国、即ち山国であったと考える。山国川水系ではない日田は、鬼奴国=キノコク=紀の国と同じ語源の木材産出地であったと推定して比定した。

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035 2026/10/25(日) 18:28:21 ID:gJzow8c/V2
>>34
山国川流域は図の通り。田川はもちろん水系には含まれないが、宇佐共々同じ豊前国に入る。共通の文化性は古代からで、この地を邪馬国と括るのは、臺與以降にこの地がまるっと豊の国と呼ばれたからである。

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036 2026/10/26(月) 09:34:45 ID:ZCiaYnuc8k
諏訪大社は一筋縄にはいかない。
信濃諏訪は守矢家の縄文信仰が基盤のところ3,4世紀に海洋系安曇氏の古墳文化が侵入した。5,6世紀律令令制前に科野氏が国造として伊那飯田方面縄文系が拡大、やがて6世紀に多氏金刺氏が台頭、同時に安曇氏第二波と北部からは7世紀に三輪氏の侵入、介入を招いた。諏訪大社にはその積層する歴史が刻まれている。

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