史実としての南京事件
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001 2019/08/11(日) 00:40:43 ID:QTO5rU2PwU
019 2025/12/21(日) 16:52:09 ID:BZXqWHe4xU
揚州虐殺
760年の唐代に、安史の乱や李希烈の乱平定に参与した田神功(?-774年)が、揚州で掠奪し、胡人やペルシア人商人やイスラム教徒などの外国人を数千人虐殺した。
878年から879年にかけて黄巣が広州で外国人商人を襲撃した。イスラム商人、ユダヤ人、キリスト教徒、パールシー教徒も殺害され、犠牲者は12万人から20万人にものぼるとされる。
1645年清のヌルハチの十五男の豫親王ドド(多鐸)軍が、南明の史可法軍と戦闘した際に、揚州で大規模な殺戮を行い、死者は80万人にのぼった。ドドの軍は弘光帝の立てこもる南京も攻め落とし、弘光帝は翌年北京で処刑された。『揚州十日記』では虐殺80万とされるが、当時の揚州の人口は20万以下であったことから、死者数は誇張されていると指摘されている
清軍の残虐行為を描いた『揚州十日記』や朱子素『嘉定屠城紀略』は、「反清復明」「滅満興漢」のスローガンとともに辛亥革命にいたる反清運動でよく読まれた。
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