大東亜戦争の歴史的意義
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001 2022/03/21(月) 00:41:09 ID:DU.UXidbRo
大東亜戦争は我が民族が一億一心で戦った正に聖戦であり、戦闘に敗れはしたが、この戦争により東亜の諸国は独立した。
今日この歴史的偉業が顧みられる事無く、単なる無謀で愚かな戦争であったなどとしか語られない事は、誠に遺憾である。
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009 2026/01/12(月) 18:21:26 ID:skQbqcJi8o
家康時代の朱印船貿易では、日本は東南アジア各地に日本町を形成し、対等な立場で活発に交易していました。
しかし、家光が鎖国に踏み切ったのは、単なる排外主義ではなく、スペイン・ポルトガルといったカトリック勢力が「布教と一体化した植民地化」を進める戦略(フィリピンがその典型)を察知したためです。文化露寇を経てアヘン戦争を知った幕末の志士たちは海国図志を研究し明治維新を成し遂げました
しかし鎖国を解いた日本を待ち受けていたのはABCD包囲網の構造的根源、即ち既に世界を分割し終えていた欧米列強でした
金子 堅太郎<日本は領土的野心のために戦っているのではない。ペリー提督がもたらした門戸開放のために戦っている。将来は世界皆兄弟という東洋西洋の聖教の本旨を実現させる希望を日本人は抱いている
1919年のパリ講和会議において日本が国際連盟憲章に「人種差別撤廃案」を盛り込むよう提案しながらも、当時の欧米諸国によって否決された
国際秩序は、白人国家を頂点とするピグメントクラシーに基づいた「文明の基準」でダブスタ運用される事を察知した日本は「欧米主導の国際連盟や協調外交ではアジア民族の安全と尊厳は守られない」という認識を強めました。「民族自決」は有色人種側の世界では適用されず(列強植民地は不問)、世界恐慌~ブロック経済でWW2へと至る。
ペリーの来航は「門戸開放」の名を借りた一方的な不平等条約の押し付けであり、日本にとっての帝国主義時代とは、欧米が張り巡らせたアジア包囲網を一つずつ解体していく作業でした。
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