近代東アジアを明治年号で鑑みるスレ
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092 2025/12/28(日) 00:08:47 ID:bOoB7hnzI2
戊辰戦争:新政府による武力統一
1868年1月の鳥羽・伏見の戦いから始まり、新政府軍が旧幕府軍を圧倒し、 江戸無血開城を経て、戦火は北へ拡大(北越戦争、会津戦争) 1869年、函館の五稜郭(箱館戦争)で榎本武揚らが降伏し、新政府による国内統一が完了。
中央集権化: 廃藩置県(1871年)により藩が消滅し、大名や武士の領地支配権が奪われ、徴兵令(1873年)や秩禄処分(1876年)により、武士の独占業務だった軍事力や経済的特権が失われました。
朝鮮との国交交渉の失敗から征韓論が台頭したが、岩倉使節団から帰国した大久保利通らの反対により退けられ(1973明治六年の政変)、国内の近代化が優先された。
1873年(明治6年)朝鮮への武力派遣を巡る征韓論で政府が分裂し、西郷隆盛や板垣退助らの「征韓派」が敗れ下野。これを機に、政府への反抗は「武力」(士族の反乱)と「言論」(自由民権運動)の二つの流れに分かれました。
1877年: 西南戦争で武力抵抗の終焉 反政府運動の主流は言論による政治闘争へと完全にシフトしました。
1889年、大日本帝国憲法が発布され、アジア初の立憲君主制国家となった。
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