中世ヨーロッパは盾使ってたのに何で戦国時代


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001 2011/04/02(土) 21:45:02 ID:kmjlikPkXM
中世ヨーロッパは盾使ってたのに
何で戦国時代の日本の武士って盾使ってなかったの?

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080 2011/06/10(金) 20:37:54 ID:JIdTX7RvQA
イメージできた、良くわかった。
だが2点気になった。
1つ、盾の重さ2〜3Kgなら腕力ある奴なら持てるはずだけど?
自分は部活で2Kの鉄アレイ持って1時間ジョギングしていた。
10K以上のダンベルカールも連続200回、素振り数え切れず
スレ画のように腕を通せる奴なら1時間くらい余裕だと思うが
切り合いが何時間も続くとは思えない

2つめ、槍や日本刀が両手持ちで攻撃力に特化してると言う事だが
弓矢や投石などには不利なのでは?
鎧で防ぐ発想とか西洋と違いクロスボウなどが無かったせいもあるのかな
(鉄砲は別格なのでここでは問わない)

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081 2011/06/10(金) 21:29:35 ID:iN08rwOZvA
>>80
ジョギングとは違うどちらかと言うと格闘技に近し、昔の兵士は今のアスリートとは違い
職業軍人は少なく普段は農民か別の仕事をしてる。
盾の欠点
1、攻撃を受けたら当然防御体制で攻撃を受け止めなくてはならない。
よって攻撃できない
2、防御時2〜3kgの盾を片手だけで動かし防御するため疲労が大きい
鎧で10kg以上あるが体に身につけてるためそれほど疲労は大きくない(動きが少ないから)
3、使用できる武器が片手武器に制限される。
鎧を着用すれば武器の使用制限が一切ない、つまり防御が高いだけでなく攻撃力も上げ
さらには戦術の幅も増える。

>>2つめ、槍や日本刀が両手持ちで攻撃力に特化してると言う事だが
>>弓矢や投石などには不利なのでは?
まず上の動画で槍持って先頭にいる兵士は一番下のクラス、つまり雑魚兵で
練度が一番低い。
なぜなら槍は突くだけでいいから誰でも出来る。
それに比べ鉄砲、弓、騎馬は熟練度か高くないと使いものにならない。
鎧を着ることによって両手が使えるため例え経験が低い兵士でも先頭に立たせて槍を
突かせてればいいし、より練度が高ければ鉄砲、弓、騎馬で戦わせればいい。
盾を捨て鎧を着れば攻撃手段が増え戦術の幅が増えるため臨機応変な戦略が立てられる。
つまり個だけ見れば盾もそこそこ使えそうに見えるが集団になれば鎧の方が遥かに優れる。

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082 2011/06/11(土) 01:14:54 ID:2aypxOediQ
>>81
『ピュドナの戦い (紀元前168年)』
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%94%E3%83%A5%E3%83%...

では、重い盾と剣を持ったローマ歩兵が、
サリッサ(両手持ちの長槍)を持ったマケドニア歩兵に圧勝している。

戦国時代の日本軍の戦闘力が優れていたというのは、完全に同意するけども、
『鎧と両手持ちの長槍』が『盾と片手武器』よりも優れているので、
わが優れた戦国日本は前者を採用したという、そういう単純な話ではなくて、

各々の武装に、得意・不得意、長所・短所があるんだと思う。どれが強いというのではなく。
で、各々の武装・兵科を組み合わせる際に、わが優れた戦国日本は、
なぜ『盾と片手武器』の歩兵を組み込まなかったか、という問題意識が必要なんじゃ
ないだろうか。

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083 2011/06/11(土) 13:43:00 ID:ECaQ7eMxTQ
>>81
言いたいことはわかるけどマケドニア兵は鎧を着ていたの?
時代からして鎧はないように思えるけど。
盾と片手剣のローマ兵は当時としては十分重装備なはず、マケドニア兵はどんな装備を
してたのか気になる、槍に布切れまたは厚手の綿パッドでは接近戦で負ける。
日本も白村江の戦い位の時代は武器防具は優れてないので周辺諸国と比べてそれほど
強くないけど平安時代ぐらいから武器防具が発達して鎌倉時代では蒙古の大軍に圧勝した。
槍、薙刀は中距離戦で強く盾片手武器は中距離では攻撃できずに防戦するだけ、
近づいてきて接近戦になれば日本刀で攻撃、防具は鎧になるから接近戦で盾片手武器に
十分戦える。

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084 2011/06/11(土) 15:17:27 ID:2aypxOediQ
>>83
Macedonian phalanxでgoogle画像検索をかけた中で、
比較的、防具までよく分る絵を貼ってみるけども、
このように、マケドニアのファランクス歩兵は、
兜と鎧、肩から腕に装着する小型の楯で身を守っていた。
板金製の金属兜など、わが優秀な日本戦国歩兵にも、果たして行きわたっていただろうか。

アレクサンダー大王は、このファランクス歩兵を鉄床にし、重装騎兵をハンマーとして、
全ギリシア、エジプト、メソポタミア、ペルシアまでを征服したのはご存じの通り。

ピュドナの戦いで、結果的に圧勝したローマ歩兵も、緒戦ではマケドニアのファランクスに
圧倒されている。

>槍に布切れまたは厚手の綿パッドでは接近戦で負ける。
こんな貧相な武装をしていたのは、朝鮮くらいじゃないかな?

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085 2011/06/11(土) 15:31:32 ID:2aypxOediQ
>>83
例えば、クレシーの戦いでは、イングランド長弓歩兵が、
フランスの重装騎兵を壊滅させたけども、もしもイングランド長弓歩兵に、
あえて歩兵で対抗するとしたら、(ちなみに、クロスボウ歩兵では長弓歩兵に勝てなかった)

○鎧と両手持ちの長槍を持った歩兵
○大型の盾と肩手持ちの剣を持った歩兵(写真参照)

とでは、後者の方が有利だろう。

このように、武装には、どれが優れていて、どれが劣っているというよりも、
得意・不得意、長所・短所があって、優れた軍は、それらの諸兵科を混成させて、
優れた戦闘力を発揮するんだと思う。
(例えば、わが優れた日本戦国歩兵は、投射武器として、鉄砲、弓の他に、
 投石部隊などというものを持っていた。これはわが優れた戦国歩兵の後進性を
 表すわけではなく、コストパフォーマンスを考慮したハイ・ローミックスと考えるべきだろう)

で、わが優れた日本戦国歩兵は、結果として、盾と肩手武器の歩兵を必要としなかった。
それがいまもって分らない。

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086 2011/06/11(土) 16:48:07 ID:ECaQ7eMxTQ
>>84,85
検索した画像では見事に絵ばかりだけど博物館とかで現物はあるのでしょうか?
古すぎて残ってないのかな?
中世でチェーンメイル(士官クラスはフルプレートは着てると思う)が主流主体なのに
紀元前クラスでフル装備の鎧が本当にそろっていたのでしょうか?

>>こんな貧相な武装をしていたのは、朝鮮くらいじゃないかな?
失礼しました。

>>盾と肩手武器の歩兵を必要としなかった。それがいまもって分らない。
日本の鎧は西洋、中国なのど違って独特の形をしてます。
肩と腰にある四角い小さい板を沢山縫い付け長方形の形をした板(下記のサイト2,3,7にあたる)が盾の役割をするため必要としなかった。
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%BD%93%E4%B8%96%E5%85%...

戦闘時敵から見ると肩当腰当部分が盾の様に一枚の盾になる(3分ぐらいが分かりやすい)
http://www.youtube.com/watch?v=H8ge-vxt5a0&feature=re...

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087 2011/06/11(土) 21:07:42 ID:RAElT2xYnY
>なぜなら槍は突くだけでいいから誰でも出来る。

戦国期の長槍は「突く」事も出来るが、実際は「ぶん殴る」もの。
逆に誰でも出来るのはぶん殴る方であって突きは上級者でないと難しい。
それなりの甲冑を着込んでいても打撲や脳震盪をおこす。
欧州のメイスなんかと同じで防具が発達すると「切る」「突く」では致命傷を与えにくいので、
打撃力に依存するようになる。その為に長槍は良く撓るように出来ている。

そもそも、矛と槍の違いは何か?矛は方手持ち(盾あり)で、槍は両手持ちだとの説もある。
日本にも矛兵が居たのだから、盾が廃れた用法上の理由は何だろうね?

>2割も盾持ちがいたらさすがに今でも多くの盾が日本に残っててもおかしくないのだが。

…使い捨ての木製か竹を束ねた盾が沢山残っていたら凄いね。

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088 2011/06/11(土) 22:31:14 ID:vYC66aIPc2
素人考えだが伝統的に防御を軽視する傾向があったのではないか?
攻撃か防御か迷った時は攻撃あるのみ!みたいな
鉄砲が増えてきてそれなりに鎧も板金対策されてたんだろうけど
やはり盾無いと不安だな

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089 2011/06/11(土) 22:41:27 ID:ECaQ7eMxTQ
>>87
>>…使い捨ての木製か竹を束ねた盾が沢山残っていたら凄いね。
屏風、絵にも文献にもないけどね。
>>88
軽視どころか重視していた。
元寇では武士の方が遥かに重装備で圧倒した。
当世具足の何処が防御軽視なの?
世界的に鉄砲が主体となったてだんだん軽装備になって近代の軍服は布になったが
その結果刃物に弱くなったので銃に剣を付けた銃剣が出来た。
そして現代の歩兵は超重装備になった。

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090 2011/06/12(日) 00:02:17 ID:F3BCsCLMBA
わが精強な日本戦国歩兵と、おおむね同時期の、ランツクネヒトたちは、
防御力皆無の、布の服と、両手持ち長槍で戦っている。
なぜに、彼らランツクネヒトたちは、そのような(防御力皆無)のいでたちで、
戦えたのだろう?中世の重騎兵に対抗できたのだろう?

イングランド長弓兵が、矢の雨を降らせれば、ランツクネヒトなど、
接近する前に壊滅しただろうに。

いったい、イングランド長弓兵は、どこに消えてしまったのだろう?
ランツクネヒトを、盾と肩手武器で打倒しようという、盾持ち歩兵は、
なぜに出現しなかったのだろう?

分らない。よくよく考えて見ると、分らない。謎だらけだ。

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091 2011/06/12(日) 00:29:24 ID:F3BCsCLMBA
これが、ランツクネヒトの武装。お前ら、ふざけているのかと思うようないでたち。
もしも、同じ兵数のローマン・レギオンと戦えば、泣いて潰走するに違いない。

古代ローマ時代に、
(火薬と蒸気機関とアジア植民地のない18世紀)
レベルにまで人類が進歩して、その後、西ローマ帝国の滅亡で、
中世の間、ずっと退歩していたので、問題が、ものすごく見えにくくなっている。

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092 2011/06/15(水) 11:25:34 ID:GR/3cmxeeM
攻撃こそ最大の防御
ひいじいちゃんが言ってた
だから盾いらなかったんじゃない?

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093 2011/06/23(木) 02:37:28 ID:ICm859BNto
複合弓やクロスボウの普及で、
盾を持ってようが、鎧を着てようが、
どっちみち防御できなくなったからじゃないか?

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094 2011/08/15(月) 19:13:12 ID:gD3aYWjkGQ
少々防御率が上がるにしろ 槍や刀を片手で持って戦うより
盾なしでも両手で槍や刀しっかりもって使えたほうが結局強そうだもんな

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095 2011/08/19(金) 09:15:26 ID:05GugXT/Cc
高度な訓練を積んだ武士(軍事貴族)同士が乗馬して弓が主体の源平合戦の頃は掻盾といって木の盾を並べて陣地構築したりしてたんだよ
その源平合戦(最近は治承・寿永の内乱)で歩兵が戦闘の主体として再び立ち現れてきた
すると弓での戦いでなく、近接格闘戦が主となってくる。結果盾なんか持ってると余計不利になるから使われなくなったんだろう
日本は大陸みたいな乾燥した平原が広がる場所なんかほとんどなくて、山・川・湿地と身を隠す場所に満ちあふれてるからな
ギリシア・Rome流の整然とした軍隊が同じ装備を持って陣形を組んで戦うといったことになりにくい

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096 2011/08/21(日) 17:29:09 ID:PTPYgpb3c.
>>1
ヨーロッパ騎士の盾は古代ローマ騎兵(≒非ローマ市民≒外人)の名残だって
話があるよ。古代ローマ崩壊の一因はゲルマニアなどから雇った外人傭兵によ
る。その後彼らが勝手に神聖ローマ帝国とかローマの末裔を名乗った。よって、
その支配層はローマ式の軍装を継承した。要するに支配者としての正当性を主
張する一種のイコンの役割を果たしたってこと。さらにローマは盾に部隊の紋
章を入れる習慣があったけど、中世ヨーロッパでは家紋に変わった。これは宣
伝の意味が大きい。こんな経緯があるので簡単には盾を捨てられなかったので
は?

ではなぜ先祖であるギリシア、ローマあたりでは盾を主用したのか?おそらく
開拓地での戦闘が多かった。共和政ローマまでは1年ごとに解散する非常備軍
で集団戦をせざる得なかった(小部隊で戦うほどの錬度と度胸がない)。なぜ
か歩兵のステータスが騎兵よりも高かった(歩兵≒市民権保持者)など戦術云
々より習慣によるんじゃない?帝政の常備軍に移行しても新兵教育では盾を構
えて密集隊形、前進、槍の一斉投射、盾で敵の頭を打突、剣で胃を突くことを
教えたらしいから、やはり簡単には盾を持つ習慣はなくならないかと。

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097 2011/08/21(日) 17:30:31 ID:PTPYgpb3c.
>>96
名前の16はミスです。このスレの16さんすみません。

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098 2011/09/10(土) 00:26:24 ID:WHtQYsZfw.
はじめて読んだけどお前らみんなアホだな!

普通に考えてみろ!地中海周辺の気候と日本の気候はまったく違うんだよ。
乾燥した見通しのきく平坦な土地と、雨がよく降り常にぬかるんだ日本の土地は。
(今の日本の土地を想像するなよ!)
しかも、湿地や河川や起伏や山地や背丈の草地や森や林や水田や畑やら。
こんなところで戦になって、でかい盾持って、両手がふさがっていたら?
即こけて、動きづらくてしゃーないだろ? すぐ立てるか? ファランクスの隊列
なんか組めるわけないだろ。広く乾燥した土地だからこそファランクスや重騎兵
が活躍できたが、日本の土地では隊列さえ組めなかったろう。

片手は常に開けておいて、起伏やぬかるみを走り回るのに補助するんだよ。
はい上がる時や、茂みに潜む時、渡河や木につかまる時に。
あとはみんなが言っている諸事情で盾はすたれていったんだ。

そこで、ヨーロッパの兵がもし日本にきたら、絶対日本の兵が勝っていただろう。
逆に日本の兵がヨーロッパへ行っていたら、負けたかもしれない。

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099 2011/11/11(金) 01:38:05 ID:E03/8xCnyY
このスレもう終わったん?
モン吉はじめ詳しい人おおくてマジおもろいんやけど、続きまだ?

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100 2011/11/11(金) 05:35:43 ID:gv/l9YInWc
結論言えば盾を持てば片手武器しか持てずこれでは打撃力が乏しい
兵士は誰しも達人ではないから結局攻撃力を上げるとしたら両手武器になる。
両手武器にしたら弓(遠距離)槍(中距離)刀、剣(近距離)と多彩な攻撃ができ
戦争での戦略、戦術面で非常に優位に立った。
盾を捨てて防御力上げるには鎧を着るほかなかったので鎧が発展していった。

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101 2011/11/11(金) 09:52:00 ID:Mqp1WjEE7s
片手で数キロある刀剣を振り回すのは
かなり大柄な体格や、強力な筋力が必要なんじゃないかな。

それに比べて、両手もちだと
たとえ小柄な人間であっても、腕の筋肉以外に、
背筋・腹筋を使って大型の武器を振り回せる。

両手持ちの刀剣がメインなのは、日本人の体格が原因だと思うな。

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102 2011/11/11(金) 11:22:35 ID:FK0EQBBlNM
その理屈だと東洋人は皆両手持ちメインになるわけだが

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103 2011/11/11(金) 13:03:26 ID:E03/8xCnyY
おもしろい
地理気候(>>98)、戦術戦略的(>>100)な理由はよくわかった
ただ疑問なのが、本当に足軽クラスの人でもじゅうぶんな具足が用意できたんかな?
なんとなくやっぱ高価なんやないかと、>>4みたいなのはメインではない?

>>101>>102は地理的な部分を加えれば中国、モンゴルあたりとの違いは説明できると思う、他のアジアはよーわからん、武術とか鍛冶製鉄の技術が異様に発達してるのを考えたら日本人の気質もあるんやないの

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104 2011/11/13(日) 09:33:31 ID:8qtdDbHKeI
>>103
足軽の鎧は基本的に大名からの借りもので御貸具足と呼ばれるものを装備して戦った。
階級によって当然装備は違う。
http://www.busho-tai.rdy.jp/blog_item/profile/what_bushota...
ここのサイト下から4人が足軽の御貸具足で上の6人が当世具足(大将クラス)
特徴的なのは頭の装備が兜じゃなく笠になってる点で劣化版当世具足見たいな感じ。

戦国時代の日本は鉄砲だけでヨーロッパ全土と変わらないぐらい製造したと言われているので足軽の装備も大名によると思うけどそれなりの装備をしていたはず。

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105 2011/11/13(日) 21:48:17 ID:BBNLTA3/p2
参考までに!

大河内松平家の雑兵物語では、下級武士の階級は

歩行侍>鉄砲足軽小頭>鉄砲足軽>弓足軽小頭
>弓足軽>中間小頭、鑓担小頭>数鑓担>手鑓担>馬取沓袋持
荷宰領>荷付鉄砲持>並中間>小荷駄

となどとなっています。具足を付けているのは、荷宰領まで
でそれ以下は、陣傘のみになっています。

また、その他の職種として

持筒、持弓、玉箱持、矢箱持、狭箱持、馬印持旗指、旗指持、
草履持、沓持、馬取、又若党、夫丸

などがあり、馬取までは具足を付けています。

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106 2011/11/13(日) 23:00:13 ID:He3SfB11Kg
侍が身につけていたオーダーメイドの甲冑って、今の貨幣に換算したら2000万円ぐらいもするとか。

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107 2011/11/14(月) 10:43:44 ID:bABOeY87Kg
それは上級武士の具足の場合じゃない?
徒歩武者とかはもっと簡素で安上がりなのを着てたと思うけど

ちなみに写真は小西行長の家臣、内藤如安の遺品
何の装飾もない質実剛健な具足で、実戦期には上級武士であっても
こういう実用一点張りのものを着ることが少なくなかったとか

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108 2011/11/14(月) 16:14:46 ID:gMhPOvaPmc
>>104->>107
すげー勉強になったよ!!

しかしやっぱ足軽はツライな…、あの装備で矢や鉄砲の中に突っ込んで、接近しても敵武将は強力な甲冑を身にまとっているわけだ。しかもこれまでの考察からして盾とか持ってたらよけい不利そうやし…。戦国時代の連中マジヤベーな!!!

とりあえず何で日本で盾使わないのかはよくわかった。素人ながらにずっと疑問やったからスッキリした。このスレの詳しい人達、有意義な考察をありがとう。

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109 2011/11/14(月) 22:41:45 ID:K2Hpi2e9dQ
話はちょっとそれるが、
>>98
を読んでふと思ったんだが、

日本の刀が片刃なのは抜身で走り回った時、
自分自身を傷つけないためでもあったんじゃないかな。

両刃だったら、起伏を走り回って転んだら危なくてしょうがない。

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110 2011/11/15(火) 01:34:45 ID:0ETbFVe0HU
そんな難しい話じゃなくて
刀は本来は方刃の剣の事
両刃ならそれは剣の分類になる

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111 2011/11/17(木) 08:25:35 ID:bs3rVdWKFk
だからガチでやるなとあれほど・・・・・

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112 2011/11/17(木) 22:47:54 ID:Bfq59J24qA
>>110 すいません、書き直します。


話はちょっとそれるが、
>>98
を読んでふと思ったんだが、

日本の武器に使う刃物(包丁とかはさみじゃなくて)が片刃なのは抜身で走り回った時、
自分自身を傷つけないためでもあったんじゃないかな。

両刃だったら、起伏を走り回って転んだら危なくてしょうがない。

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113 2011/11/18(金) 00:44:00 ID:eqgdgr52l6
突く+打撃→西洋剣
斬る+打撃→日本刀

設計思想の違い
方刃だろうが両刃だろうが持ったまま転んだら危ないに決まっております

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114 2011/11/24(木) 22:02:13 ID:6NVwtvJSlY
>>ファランクスの隊列
なんか組めるわけないだろ。広く乾燥した土地だからこそファランクスや重騎兵
が活躍できたが、日本の土地では隊列さえ組めなかったろう。
98よ。槍衾ってファランクスの日本版じゃないの?

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115 2011/11/24(木) 22:23:29 ID:oySwvDWj..
槍足軽はせいぜい2〜3列しかいないので
ファランクスとは全然違うよ。

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116 2011/12/10(土) 09:20:05 ID:IvFmxx2juA
日本は、湿気すごいから
盾持ってると、汗拭えないからだよ

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117 2011/12/12(月) 21:20:04 ID:k4AK8Qxltw
「さし腹」とかあるぐらいだから、潔くないという精神はあったと思う。
この道理がなけりゃ討ち入りとかもないし。


大平原で決戦とかもなかったのも一因かも。近距離から射撃戦でそのまま鍛造武器で乱戦
楯使う暇なし

和弓でも大陸で最強のモンゴル兵の弓に打ち負けてないので中途半端な楯じゃ役に立たなかったんでないのかの。
車のドアぐらい切っちゃう映像もあったな、日本刀

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118 2011/12/13(火) 01:34:13 ID:zY4m5Pih1U
[YouTubeで再生]
映像と一緒に数値で貫通力表してくれないと
イマイチ凄さがわからんな

>>107の甲を貫通しそうな気もする

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119 2011/12/13(火) 04:35:23 ID:NnsazCgAWg
>>117
>和弓でも大陸で最強のモンゴル兵の弓に打ち負けてない

弓の出来と技量、当たった位置にもよるんだろうけど、鉄製の兜を射抜くほどの威力があったようだね。

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120 2011/12/13(火) 10:18:53 ID:pyBFBgqLVU
これを貼れと言われた気がした
1941年に弓道の大家、吉田能安が鉄兜を射抜いた写真
もしかして>>119の左ってこのときの兜?

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121 2012/01/05(木) 11:12:03 ID:01rBnU6UsY
>>101
刀って一キロ前後だよ。それに戦国時代には片手持ちという1キロもない
軽いものが流行った。

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