近代東アジアを明治年号で鑑みるスレ
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095 2026/01/23(金) 03:00:10 ID:zetRnKPRD6
>>94 イギリスは「軍閥政治の失敗と、そこからの脱却」17世紀、清教徒革命後のオリバー・クロムウェルによる「軍政監(Major-Generals)制度」は 全国を11の軍管区に分け、軍幹部が地方行政・徴税・風紀(清教徒的規律)を支配し、 国民はこの「軍人による中世的な道徳の押し付け」に猛反発し、クロムウェル死後は軍が政治から身を引き、議会による統治(文民統制)へ移行した。
トルコ(オスマン帝国)「タンジマート(Tanzimat)」イェニチェリの虐殺(1826年)「ケマリズム(アタテュルク改革)」
サウジアラビア「ムハンマド・ビン・サルマン(MBS)皇太子による権力集約」
中国:秦の「郡県制」~共産党の「党による一元支配」
ロシア:18世紀ピョートル大帝の改革と「シロヴィキ」の台頭
ロシアの歴史は、まさに「武装した地方貴族(ボヤール)」をいかに制圧し、皇帝直属の官僚国家にするかの連続で、 髭(中世的な宗教・伝統の象徴)を剃らせ、貴族を強制的に軍・官僚組織(官等表)に組み込みました。
プーチン大統領が行った「オリガルヒ(新興財閥)の解体とシロヴィキ(武闘派出身官僚)への利権集約」も、現代版の廃藩置県と言えます。
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